久しぶりに考察〜You don't care

 

まずは、

DanceDanceDance

1億回再生突破おめでとうございます!!!

 

メンバーみんなたーーーーーーーーーんとご褒美もらってね!!!!!!

それを記念して、というわけでもないけど、

めちゃくちゃ久しぶりに考察やらせてください。

今回は「You don't care」やります。

勢いのまま自分の好み解釈にだいぶ寄せてブワーーーーーしますが少々お付き合いください。

 

 

細かい解釈の前に、前提知識として、この曲の私の解釈は

  • 主人公のかなりの一方通行
  • 主人公の愛は人知れずに消えゆく
  • 主人公のみが知る愛から前へ進もうとしてる

的な感じです。

ナルホド?ぐらいの気持ちで脳裏の片隅に置きながら読んでみてください。

 

 

約束の無い 描いた未来
密やかに咲く愛は刹那 yeah

色の無い キャンバスに
色をくれたのは あなたでした

You don't careの歌詞の中にも書かれてるように、一貫して「曖昧さ」や「儚さ」を表すようなワードが散りばめられています。

 

密やか、刹那、泡、夕焼け、約束のない

 

これらのワードはそれを象徴する一例とも言えるでしょう。

おそらく主人公があなたに対して愛の感情が芽生えたのも「曖昧」なのでしょう。

いつの間にか影を潜めて育った感情に、愛を自覚したのはとても一瞬で。

色の無いキャンバスに無色透明な絵の具を塗り続けてきた何の先もなかった人生に、滲むようにあなたの色が拡がってゆくのです。

 

切なく目に映る夕焼け
風に揺れるベルガモ
背中で微笑む あなた

「切なく目に映る」が「夕焼け」にかかってることから、ここでの夕焼けはもちろん1日のうちの極わずかな時間の景色、すなわち儚さの対象として主人公は見ていることが分かります。

 

そしてここで出てくる「ベルガモ

ちゃんとしたソースはあまり出てこないけれど、色んな人の発言で出てくるのがベルガモ花言葉である「禁断の恋

 

もしかしたら主人公があなたを愛すること自体が禁断なのかもしれないし、あくまで禁断であるゆえにいずれは消えなければならない運命という儚さの1つの例えかもしれないし、いっそこの愛を禁じてくれという嘆きにも近い感情を投影してるのかもしれないし

これは人の好みの解釈次第ですね。。。

 

ただどちらにしろ「背中で微笑むあなた」

すなわちあなたはこちらを向いてくれてはいない訳です。

その微笑みは自分に向けられているとは限らないし、そもそも本当に微笑んでるのかも分からない。

常に「曖昧さ」が付きまといます。

 

 

儚さを額に添えるなら
タイトルはサヨナラにして

「儚さ」とはあっけなく消えゆくこと。

この曲の中ではその消えゆくさまでさえも曖昧で、誰も"それ"が消えたことも、存在していたことさえも気付かない。

もしそれを額に添えることである種の存在の証明になるなら、消えゆくことに形を残すなら、

「サヨナラ」を言うことで「別れ」という「明確な消失」をここで求めたのでしょう。

 

 

You don’t care if you confuse me
You don’t care if you loose me
まだ夢の中 鎖断ち切れない
始まりが終わり 叶わぬ Love Story
まるで泡のように
最初(はじめ)から
You don’t care about my love

あなたに惑わされる愛も、あなた与えてくれた色も、そんなことはあなたのキャンバス上に自分はあまりにも曖昧な儚い存在なんでしょう。

 

また自分の解釈としては

あなたへの愛を抱いているとき=夢の中

だと考えています。

「夢を見た」「夢の中にいた」ということは本人にしか分からない、本人でさえも時に曖昧なもので、他人であるあなたには決して存在を確かめようのないもの。

夢の中で自分の中にそれでも確かにあるあなたへの愛をまだ断ち切れずにいます。

 

「始まりが終わり」

「最初(はじめ)から」

ここで2種類の「はじめ、はじまり」が出てきます。

漢字の意味から推測すると、

始まり=愛が芽生えた瞬間

最初=愛が芽生えるもっと前のあなたとの出会い

とも言えるでしょう。

 

「始まりが終わり」とはすなわち自分の中のあなたを愛することが終わることと言えるのではないでしょうか。

 

またウィンストン・チャーチルの有名な言葉にも「始まりが終わる」に近しい言葉があるようです。

その言葉の意味(の一説)での始まりは「Prologue」、つまり序章が終わり本当の始まりがやってくるということを表しているようです。

 

主人公はあなたを愛する日々を終わらせ、新たなキャンバスを描く決断をしたのではないでしょうか。

 

 

「泡」の実態はあくまで気体です。

覆われた皮膜や囲まれた液体によってやっとそれを認識するのみで、ある意味あってないもの。

あなたが気にもとめない主人公の愛は、あるようでないも同然のものとなってしまったのです。

それが最初(はじめ)からであるというところにより「在る」という証明さえも叶わぬものになりつつあります。

 

 

曖昧で 謎めいた
あなたに揺れる想いの強さ

片道の運命ならば
いっそ強く突き放して欲しい

ここで「You don't care」であることの残酷さを感じますよね。。。

いっそ拒否という反応があるだけ、そこに愛の存在証明になり得ます。

あくまで想いは強いはずなのに、そこに「揺れる」という言葉がかかるだけで、曖昧さが助長されます。

 

 

叶わぬ想いを歌にして
雨に濡れたバラード
頬をつたうメロディー

あなたに別れを言えるなら
タイトルはありがとうにして

額に添えるに近しい感じで、曖昧なこの愛を歌にすることで形に残すことでの存在証明を望んでいるような描写に見えます。

それはきっと切なく、儚く、危うく、曖昧な、そんなバラード。

 

前にも述べたように「別れ」は「明確な消失」。

それは一方通行の儚い主人公の愛にとっての理想の姿。

あなたの気にもとまらないそんな愛ではあったけれど、その夢の中で主人公が抱えていた感情は決して切なさや悲しみだけではありません。

「約束のない描いた未来 色をくれたのはあなたでした」

もしこの愛に「別れ」を出来るのなら、

この愛の形には「ありがとう」と名前を付けたい。

 

 

 

 

と、まあこんな感じでした!!!

ブワーーーーーしてみて思ったけどめちゃくちゃ主人公不憫すぎて切ねえ、、、、、、、、、

早く定点マルチアングル推しカメラでYou don't care見たすぎる。

 

 

(終)